「………ありえなくね?」
「……うん、私もそー思う」
「いやでもこれってよ……」
「…どう考えても、殺人計画、だよね」
俺とはテニスコートの近くで硬直していた。
発端は落ちていた革張りの手帳。中を見なきゃ誰のものかわかんねーじゃん、と俺は呆れるを気にせずそれを開いた。
書き込まれている字は見覚えがあるようなないような。でもやっぱり誰のかはわからない。
けど、最後の方のページにびっしりと書いてあったのは。
「…コイツ、サナダってヤツのことどんだけ嫌いなんだよ」
何ていうか、殺人計画だった。計画っつうか、所謂トリック?
有り得ねえ。もう一回言うけど有り得ねえ。こんなん完全犯罪だ。
つうのは何?この今日も平和な立海大付属中の裏で、
こんな無駄に完璧なトリックを考えて誰かを葬ろうとしているヤツがいると?あれこれやばくね?
「この相手のサナダって人、て、テニス部の真田先輩だったりしてー」
「ははっ、まっさかー。だってよ、あの人そりゃーもうすっげー厳しくて何かっちゃあすぐ“たるんどる!”なんつって試合で負けようもんなら校内試合だろうが練習試合だろうが、バンバン鉄拳繰り出してきやがってオマケに頑固なもんだから話もいまいち通じねえトコあるしアレ俺もしかしていま副部長の悪口言ってる?」
「うん」
おかしい。多少のフォローのつもりが…。
でも、普通の人間が殺そうと思ったって殺せる人じゃないだろうな、副部長は。強いのは事実だし。
「サナダなんて奴、他にもいっぱい居るだろ。で、どうする、これ」
「うーん……どうしようねえ。
…あのさぁ、この殺人計画を知っちゃったから、私らもサナダさんと一緒に殺されちゃったりしてー」
「ンなアホな。こんなモン実行して人生棒に振るなんざ馬鹿げてるぜ」
「人生を棒に振らない為にこうして完璧なトリックを考えてるんじゃないの?」
「ああそうか。いやつったってさぁ、完全犯罪なんて有り得ないって右京さんも言ってたぜ」
昨日見た刑事ドラマを思い出しながら、俺は手帳をぺらりとめくった。
やっぱどっかで見たことある気がすんだよな、この文字。やっべ、犯人と知り合いかも。
――なんて考えていると。
「見ぃたぁなぁぁぁ」
「うわあぁっ!?」
本格的に殺人計画の内容に目を通し始めた俺達の背後から急におどろおどろしい声がした。耳がぞわっとする。
振り向くと、仁王先輩が今までに見たことがないくらい陰気な顔をして俺の肩を掴んでいた。
ひゃあああ、と声をあげながら、が俺の陰に隠れる。
「にっ、にに、におっ、せんぱ……っ」
「赤也もお嬢ちゃんも、拾い物とはいえ他人の手帳の中身を見るとは、感心せんの」
「じゃっ、じゃあこの手帳、もしかして……」
「俺のじゃ」
「いぃっ!?」
言いながら、仁王先輩は俺の手からサッと手帳を奪い返した。
俺達が開いていたページ――殺人計画のページを見て、にやりとあの詐欺師の顔で笑う。
「あぁ……見てしもうたんか、これ」
俺達の脳裏に、さっき冗談で言った言葉が浮かんだ。
――“この殺人計画を知っちゃったから、私らもサナダさんと一緒に殺されちゃったりしてー”――。
メールだったら語尾に“(笑)”でも付きそうな口調でそう言ったは、今は顔面蒼白で俺の背に隠れている。
やばい。これはやばい。仁王先輩ならやりかねない。本当に完全犯罪をやってのけそうだ。
てことは、やっぱサナダって副部長のことか?あぁ副部長、だからすぐに鉄拳を繰り出すのはやめた方がいいってのに。
「(ちょっと赤也!どうすんの!?)」
「(どっ、どうするって………どうすんだよ?)」
「(知らないよ!でもこのままじゃ、真田先輩が死んじゃうよ!?)」
「(おまっ、相手は悪魔をも騙せる男だぞ!?)」
「(だから何だってのよ!?今すぐ手帳を取り返して幸村先輩のとこにダッシュで行けばいいでしょ!)」
「(いやそれは…なんつーか……幸村部長はむしろ楽しんじまいそうっつーか、むしろ部長もグルな気もしなくもないっつーか……)」
「あんた自分の先輩を何だと思ってんの!?」
「――ククッ………」
「………」
「………」
「(わわわ、笑った……!?)」
これはもうダメだ。アウトだ。この人犯人だ。悪人だ。
古今東西、クで笑う奴は悪人と決まっている。どのRPGもそうだ。
とにかく、誰かに助けを求める外ないらしい。
仁王先輩は顔を背けてまだくつくつ笑っている。俺達が慌てふためいている様子がよっぽど面白いらしい。
の言う通り、物的証拠の手帳を取り返して、柳先輩やジャッカル先輩のとこにでも行こう。
すぐに逃げられるよう、の手をぎゅっと握って、俺は油断している先輩の手帳へ手を伸ばした――が。
「何のつもりじゃ」
笑みを引っ込めて冷ややかな視線と声を俺に浴びせる先輩は正に蛇。
空振りをして行き場のない右手を間抜けに硬直させている俺は正に蛙。
……絶対無理。
「よわ………」
「うるせー……」
「――さて、二人ともどうしたもんかのぅ。中身、見てしもうたんじゃろ?」
「いや見てないですよ!」
「そーっすよ!見てないっす!仁王先輩が殺人を企ててるなんて全然知らないっす!」
「このばかぁぁぁっ!!」
やべっ、と思ったときにはに頭を叩かれていた。
仁王先輩は腕を伸ばして、の後ろ襟を掴んだ。
イタズラしてとっ捕まった仔猫みたいになっている。さっきは蛇と蛙だったけど、今度はまるで虎と猫だ。
「お嬢ちゃん、嘘はいかんぜよ、嘘は」
「うぁ、は、はい、スイマセン……」
「見られた以上はしゃあない、二人とも――」
――やばい、確実に葬られる。
先輩は手を放した。解放されたはそそくさと俺の後ろに回って背中に抱きついた。
やらかい。――じゃなくて。そうじゃなくて。違うだろ今はそれじゃないだろ。
俺達はもう悪あがきも思い付かなくて、ただじっと先輩の言葉を待った。この人マジなのかな。
「――ぷっ……」
「!?」
「ははっ、ははは―――っ!!!」
突然、吹き出して大笑いしだした先輩を、俺達はポカンとして見つめた。
何がツボなのか先輩は腹を抱えてひぃひぃ笑っている。こんなに笑ってるトコ初めて見た。
つい今さっきまで冷ややかに笑っていたのに。盛大に笑う姿は何かもう逆に不気味だ。
「ふ、二人とも、愉快な後輩じゃ。
――安心しんしゃい。二人とも、この計画には組み込まれておらんよ」
先輩は手帳の表紙をトントンと叩いて笑う。
そのあと、ずいっと俺達に顔を近付けて、無駄にドスのきいた声で囁いた。
「けど、――秘密じゃよ……?」
もう必死で首をぶんぶんタテに振る俺達の様子がまたおかしいらしく、
先輩は笑みをかみ殺しながら部室へ戻って行った。
「……ねえ、赤也、あれ、」
「考えたら負けだ、考えたら負けだ、考えたら負けだ……」
「いや、ちょ、でも真田先輩が……」
「ばっ、おまっ、副部長スッゲ強いんだぜ!?大丈夫!大丈夫だろ!きっと!恐らく!たぶん!!もう帰ろうぜ!」
「う、うん……―――」
「――おや仁王君。何やらご機嫌ですね。落とした手帳、見つかったんですか?」
「あぁ、赤也が拾ってくれとったらしい。そうじゃ、柳生。こないだ借りた推理小説の犯人、ようやくわかったぜよ」
「あれですか。あの犯人を見破るとは、仁王君もさすがですね」
「いや、トリックまで見破るのは苦労したんじゃ。手帳のページも大分使っちまったし。三日三晩犯人の気分になってサナダを殺すトリックを考えとった」
「あのトリックは鮮やかでしたよねえ。私も終盤までサナダを殺したトリックだけわからなかったんですよ」
「…お前達、その推理小説の話は俺の前ではするなと何度も何度も……」
「――なになに?いま何か面白そうな話をしてなかった?真田が何だって?」
「幸村、頼むからお前はこの話に首を突っ込むな」
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