この世の終わりみてえな顔してる、と言われた。
私は涙こそ流していないものの酷く落ち込んでいるのは事実だ。

中間テストは散々な結果だったし階段で携帯を落として傷が付いたし、
挙げ句今朝学校に行く途中昨夜まで降っていた雨の所為でぬかるんだ道でスリップアンドフォールダウン。
でも本当に自分が惨めに思えて落ち込んでしまうのはここからなんだ。

泥だらけで尻餅をついて、うっすら涙さえ滲んできた私に、
後ろを歩いていたらしい柳生先輩がすっ飛んできて声をかけてくれた。
そんな優しい先輩が大好きなんです。大好き、なんです。

泥だらけになった私の制服の惨状を見て、ジャージを貸してくれた。
――柳生先輩と一緒に居た、先輩の彼女が。私はこのとき初めて彼女の存在を知った。

比呂士は部活で使うでしょ、と言って名前も知らない彼女さんは私にジャージを貸してくれた。
貸りたジャージに、篠原、と苗字が刺繍してあった。
篠原先輩のジャージは、何かよくわかんないけどふんわりとした凄く良い匂いがした。



 「――超惨め。超情けない。だって篠原先輩凄い美人だった。凄い好い人だった」
 「しかも成績いいし料理もすっげ上手いんだぜ?」
 「ああぁぁそりゃ柳生先輩もそんな人の方が良いよねぇぇぇ」


帰り際、生徒玄関で赤也に会った。
赤也は落ち込んでる私を見て、笑いながらこの世の終わりみてえな顔してる、と言ったのだ。
恋する女子にとっちゃ似たようなもんだ。

私はそのまま赤也を公園に付き合わせ愚痴をこぼし始めた。
ふたつあるブランコのひとつは鎖が壊れていたので、私達はひとつのブランコに赤也が立ち、私が座り、
ゆらゆらと揺らしながら、私達は勉強や部活の愚痴から昨日のお笑い番組の話まで色々な話をした。

でも結局は、柳生先輩や篠原先輩の話に戻ってしまう。だって私は篠原先輩のジャージを着ているから。


 「やっぱ、憧れの柳生先輩と知り合いになれただけでラッキーだったんだよね…」
 「それ俺のおかげ」
 「赤也は寝坊した上私の自転車を奪っただけじゃん……」


去年の初夏くらいの男テニの練習試合の日、寝坊してバスに乗り損ねた赤也は、
偶然居合わせた私から自転車を奪い物凄い勢いで去って行ったのだ。
ひとしきりぽかんとしたあとテニスコートへ向かった私に、試合中の赤也に変わり応対してくれたのが柳生先輩だった。
優しくて、先輩は悪くないのに深々と頭を下げて、ミルクティーを奢ってくれた。本当に紳士だった。


 「確かにまあ赤也のおかげかもだけどさぁ…でもその所為で何度かいらん期待しちゃったじゃん……」
 「あ、そ…」
 「あーもー篠原先輩に太刀打ちできるわけ―――うわっ!?」


急にぐんっと身体が動いた。ブランコに立った赤也が勢い良く漕ぎ始めたのだ。
ブランコのスピードや高さはだんだんと上がっていく。
私は左右の鎖をぎゅっと握って赤也を睨んだ。


 「ちょっと人の話聞いてんの!?何楽しみ出してんのよ!?」
 「落ち込んでてどーすんだよ!
  グダグダしたって篠原先輩がすげー人なのは変わんねえしあの人が柳生先輩の彼女なのだって変わんねえよ」
 「そんなの、……わかってるよ」
 「落ち込む暇があるならさっさと浮上して努力しろって幸村部長がよく言ってるぜ」
 「…何よ、努力って」
 「女を磨く努力とか?…あと、もー少し周りを見てみるとかよ」


赤也はそう言いながらブランコのスピードを上げた。
遊園地で絶叫系のアトラクションに乗ったときのような、胃のあたりがひゅうっとする感覚が襲ってくる。
私はこういうのは大の苦手だ。
赤也の言葉の意味を考えてみる余裕もなかった。


 「あああああ赤也!ストップ!ストップ!!むり!怖い!おなかひゅうってなってる!!」
 「とりあえずスカッとしようぜ!」
 「スカッとしてんのはあんただけだばかぁぁぁ!!」


私の抗議も虚しく赤也は膝を一定のリズムで曲げたり伸ばしたりしてブランコを漕ぐ。
ブランコはどんどん早くなっていく。
一番高いところまで来てまた下に落ちるとき、一瞬身体がふわっと浮かんだような感じがして血の気が引いた。


 「ほんとむり!とめてー!」


目を硬く瞑って叫ぶと、赤也は大笑いしながらブランコを漕ぎ続けた。悪魔だと思った。
赤也が何か言った気がしたけど、振り落とされそうな恐怖に私はそれどころじゃなかった。




(俺はお前と柳生先輩を会わせちまったことを後悔してるよ)