――『明日、帰るから』。
昼過ぎに全国大会の為東京に居る凜から電話があり、
私は今日の夜が一番長いだろうなとため息をついた。
早く逢いたい。受話器越しの声じゃなくて、直接声が聴きたい。
小麦色の肌も、金糸の髪も、ぜんぶに触れたい。
たかだか数日離れていただけなのに何てことだ。
縁側でごろごろしながら、私は夕方からやけに流れがゆっくりに感じられる時間を過ごした。
あたりがようやく薄暗くなってくる。
日が落ちると、少し涼しい風が吹き抜けた。庭先の赤いハイビスカスが揺れる。
凜は家の方向のせいで、いつもうちには玄関からじゃなく庭の縁側から入ってくる。
生け垣の間にある腰くらいまでの高さの木戸を開けて、縁側の手前に立って、私の名前を呼ぶ。
明日、あそこからいつもみたいに凜が来るんだ、と私は木戸を見つめた。
帰ってくるのは明日の朝の便かな。昼の便かな。
でももしかしたら大会の閉会式が明日で、それを終えてから帰って来るのかもしれない。そうなると夕方か夜になる。
……電話がきたときにちゃんと何時頃になるのか訊いておけば良かった。
「(…………早く逢いたい)」
ごろごろしているうちに瞼が重くなってきて、
せめて夢で逢えたら良いのに、なんて思いながら私は目を閉じた。
意識が再び浮上してきたとき、誰かが私の髪を撫でていた。
重たい瞼を何とか持ち上げて、その誰かを見る。
「あれ………凜……?え、なんで…?」
「やーがわんに逢いたいって思ったから」
凜はそう微笑みながら言った。私はこれは夢だと気付く。
「あ…そっか……。…早く逢いたいとか思いながら寝たから……」
「念じてみるもんぐゎーやさー」
「いい夢……」
私は寝転がったまま、傍らに座る凜にぎゅっと抱き付いた。
夢だってわかっているのに、私は力一杯凜を求めた。
抱き付いた感触や香りまで本物の凜みたいで、私の妄想力もなかなか捨てたもんじゃない。
「……ねえ、凜」
「ん?」
返事をしながら私を見下ろす凜の目は、びっくりするくらい優しかった。
本物の凜はいつも私をからかって遊んでばかりいるのに。
「凜は、私が早く逢いたいって思ったから、それを叶えに夢んかい出て来てくれたの?」
「我慢のきかねえ奴やさ、わんもやーも」
「…じゃあ、私がキスして欲しいって思ったら、凜は叶えてくれるの?」
私の突拍子もない言葉に、凜は少し驚いた表情を見せたけれど、すぐに優しく微笑んだ。
自分の言葉を改めて呑み込んで、私はこれが夢で良かったと心底思う。
本当ならこんな恥ずかしいこと絶対に言えない。
でも、目が覚めたら凜に電話しよう、ケータイはどこに置いたっけ、なんて考えながら、
私は凜を見上げ、目を閉じてそのときを待った。
凜の形のいい指が、私の顎を少しだけ持ち上げる。やがてゆっくりとくちびるが塞がれた。
そのキスの感触があまりにリアルで、私の頭はそこで急に覚醒した。
「――わっ……!?」
がばっと起き上がり、座ったまま振り返る。ああまったくもうなんてことだ、顔が熱い。
「ゆっ、夢…じゃ、ない…っ!!」
目の前では、凜がイタズラに成功した子供みたいに笑っていた。
「ははっ、やー寝ぼけすぎ」
「なっ、なんっ……なんで!?だって明日じゃ……っ」
「昼に電話したときは、わんも明日んなると思ったけど、ぬーだかんだで飛行機とれたらしいぜ。ついさっき着いた」
そう言う凜はジャージ姿のままで、疲れている筈なのに一番に逢いに来てくれたんだとわかった。なのにもう私ときたら。
凜はすっかりいつものようににやにや笑う。私をからかうときの顔だ。
「夢だと素直なんだな」
「っ……凜だって、夢の方がなんか優しかった!」
「いや、なまぬ夢じゃねーし」
「じゃあいつもあんねーるんで居てくれれば良いのにっ。――ちょぎりーさーっ、にやにやすんな!」
恥ずかしいやら腹が立つやら何やらを隠したくて、私はふざけて凜に掴みかかった。
凜もそれに乗って少しの間じゃれていたけど、急に真面目な表情になって少し顔を伏せた。
「凜?」
「……悪い。東京もんに負けた」
凜達は数日前、絶対に優勝して来ると言って東京へ行った。でも東京の学校に負けてしまった。
正直なところ、比嘉の敗退は予定外過ぎるほど早かった。
それでも、全国に行っただけでも充分凄いと私は思うのだけど、
やるからには必ず勝ちを狙いに行く彼らにはそんな慰めは煩わしいだけだろう。
「ううん、お疲れさま」
多少じゃれ合って恥ずかしさも落ち着き、私は冷静を取り戻した。
さっき、夢だと思っていたとはいえ驚くほど素直になれた自分を思い出しながら、
私はもう一度凜に抱き付いて、お目当ての金糸の髪を指に絡ませながら撫でた。
「おかえりなさい、――逢いたかった!」
ただいま、わんも。と甘ったるい声で囁きながら、凜も私の頭を撫でてくれた。
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