歓声が、まだ耳の奥に残っている気がする。目を閉じれば、あの眩しいテニスコートが浮かぶ。


 「(――準優勝……)」


その歓声の中心に、立海大附属中は居なかった。


帰りのマイクロバスの中では全員が無言で、沈黙のまま学校へ戻りその日はそのまま解散。
あとは、今日のミーティングで次の部長とレギュラーを正式に決め、引き継ぎを終えれば私達三年は引退だ。

長かった―――短かった?わからない。
ただどうしようもない虚無感だけが在った。
あんなにも拒み続けてきたテニスのない日常が、もうすぐそこまで迫っていた。
その、テニスのない日常を出来うる限り穏やかなものにする為には、まだやらなければならないことがある。
大丈夫、大丈夫――そう言い聞かせて、部室の扉を開けた。


説明はすべて柳生がしてくれた。
私は、みんなの視線を一身に受けただけで身体が竦んで、うまく喋れそうになかった。
この場に原田はまだ居ない。おかげで、混乱や戸惑いの雰囲気はあっても、騒ぎにはならなかった。
詰め寄る相手が居たなら、柳生の話は途中で断たれてしまっていたかもしれない。

原田がついた嘘のこと。身体の傷のこと。誤解のこと。
柳生がすべてを話し終えると、ブン太の握った拳が震えていた。


 「何でだよ…何でこんなあとになって…ッ!悪くねぇんならさっさとそう言やあよかったろぃ!!」
 「っ…、最初は何度も言った!私じゃない、私は何もしてないって!!でもっ、誰も信じてくれなかった…!」


誰に言っても同じだった。それどころか、嘘をつくなと仕打ちがひどくなることだってあった。
結局、私が身に付けた一番の自衛の策は、ただじっと耐えるというものだった。
明けない夜はない。止まない雨はない。去らない嵐はない。
そんな、ありふれた陳腐な言葉を想って、今日まで来た。


 「…何故これほど時間が経ってから、と思うかもしれませんが、
  さんにそうさせたのは我々です。彼女を責めるべきではないかと」


柳生の言葉で、また沈黙が場を包んだ。みんなも私も、どうしたらいいのかわからない。

私はどうしたかった?
すべて元通りになることを望んでいる?
謝罪を求めている?
もうみんなと二度と関わりたくない?
――わからない。何を望んでいるのか、わからない。

かちゃり、小さな音がして、部室のドアノブが回った。
ゆっくりと、けれど控えめではなくしっかりと、ドアが開く。
みんなの視線が一気にドアへ――原田へ、向けられた。
原田はそれに驚いた様子もない。こうなることが、わかっていたのかもしれない。

ドアを閉めると、原田はどうするでもなく、その場に立ったままでいた。
その表情には、動揺も困惑も恐れもない。ただ静かに、審判を待つ。そんな感じがした。


 「――何がしたかったんだ、一体?」


沈黙を破った凛とした声は、幸村のものだった。
一番奥の椅子に手足を組んで座っている。
相変わらずの不遜な態度で、その声には呆れたような気配もあった。
原田は目を伏せて、静かに、それでいてよく通る声で返した。


 「特に、明確な目的はありません」


その声と言葉に表情を歪ませたのは、きっとブン太と赤也だ。
彼らは、こんな原田を知らない。
こんなにも感情のない声を、表情を、彼らは今まで知らなかったに違いない。


 「俺達を散々巻き込んで、目的がないって?」
 「はい。わたしはただ、先輩を苦しめたかっただけなので。
  …それが目的とも言えますけど、どの程度で満足か、なんて終点もありません」


背筋が冷やりとした。
原田が以前言っていた言葉を思い出す。

――『貴女を陥れる為なら、どんなに嫌な女にだってなってみせます』――

どうして、どうして、どうして。
これはもう好き嫌いなんかじゃない。執念だ。
今までは不可解な言葉に腹の立つ思いをしていたけれど、私はここにきてようやく恐怖を覚えた。

原田のはっきりとした答えに、幸村は少しだけ目を丸くした。けれどすぐに薄く笑う。


 「驚いたな。そんなにのこと嫌いだったのか」
 「はい」
 「理由を訊いても?
  …生理的に嫌いなだけでここまでするのは、少し異常だと思うけどな」


――触れた。核心に。
私は反射的に顔を上げて、かわいたくちびるから酸素を取り入れた。鼓動が速い。
原田は私を一瞥すると、これまでと何ら変わりない声のトーンで、言った。


 「先輩の父親に、 ――姉を殺されました」